オルニチン

縄文時代から存在する健康食品のしじみ

縄文時代とは、紀元前1万年程度前から2000年程度前までを言うとされています(ただし、年代について完全な定説は存在しません)。
縄文時代は、まだまだ農業などの生産技術が進んでおらず、狩りや山菜、果物、そして貝類などが食事の中心でした。
このような記述、お話は小学校高学年の社会科・中学校の歴史の授業などで読まれたこと、聞かれたことがおありになるかと存じます。
縄文時代はまだ現在において使用されている文字は存在していません。

そのため、当時の暮らしぶりは遺跡の発掘・調査が中心となりますが、この点に関しましても、「貝塚」の存在はきっと聞いたことがあるかと存じます。
食べ物の栄養素を分析・研究することが不可能であった時代、どのような食べ物が体に良いのかどうか、いわば「健康食品は何であったか」という点については、経験上で知るしかなかったはずです。
その中で貝塚などから明らかに食べ続けられていたことが判明するのがしじみです。

しじみは貝塚の存在からはるか昔の縄文時代から栄養食として食べられていたことがわかります。
しじみが縄文時代に食べられていたことを典型的にあらわすのが富山県富山市にある貝塚です。
その貝塚の名は、その名もずばり「蜆(しじみ)ヶ森貝塚」といいます。

その名のとおり、出土する貝殻のほとんどはしじみの貝殻となっています。
このように、はるか昔からしじみは日本人の健康食として常用されていたことがわかると言えるでしょう。
なお、しじみは時代が下って江戸時代の頃になるとさらに一般化します。
いわゆる「シジミ売り」が街を歩き町人の主要な食材となりました。

安く購入することができ、栄養素が極めて豊富なしじみは庶民の食卓にとってなくてはならないものであったと言えたと思われます。
そして現在でも、おみそ汁からたきこみご飯、パスタ・ラーメンなどさまざまな調理方法で日本人の健康を支え続け、食べられ続けている食材となっています。

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